子育てで夫にイライラしたら!離婚より幸せな結果につながる方法

子育てで夫にイライラしたら、それを離婚の原因にしてしまうか、それとも愛を深めるチャンスにするのか!?…ピンチはチャンスです。本当は夫に対してイライラすることを望んでいない!本当はもっと良い夫婦関係を築きたい!と思われるなら、その思いを形にしましょう!^^

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子育てにおいて、あなたは夫の敵?それとも味方?

あなたは普段、夫に対してどんな言葉、どんな態度をとっていますか?

・たとえば夫が子どものオムツを換えようとしてくれたとき

「あぁ、やり方が違うよ!」
「もっと丁寧にしてよ!」
「違う違う!もういいよ、私がやるから」

こんな風に言ってしまっていたら…そしたら夫はどう思うでしょうか?

反対に、こんな言葉だったらどうでしょう?

「最初は私も上手くできなかったから大丈夫♪」
「明日はもっと上手にできると思うよ^^」
「いつも手伝ってくれてありがとう、とっても助かるよ」

こんな風に言ってもらえたら…夫はどう感じるでしょう?

じつは私たちが毎日生活している中でかけている言葉の積み重ねが、パートナーの心をどんどんと遠ざけてしまい、夫婦間のすれ違いや溝を生んでしまっているということはよくあるのかもしれません。

しかも、そういう言葉に限って、無意識に言ってしまったり、ついつい反動で出てしまったりするんですよね^^;

 

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普段あなたはパートナーに、どんな言葉をかけていますか?

それは、あなたがかけられたい優しい言葉ですか?

仕事でも何でもそうですが、最初は誰だって上手くできないですよね。

初めての職場で働き始めた時のことを思い出してください。私なんて、本当に何も分からなくて、上司の説明を必死でメモしていました。

それでも会社のルールや仕事の流れ、要領よくこなす方法なんて最初は全然分からなくて。でもこういうのって、毎日毎日こなしていく中で身につけるものですよね。そんな仕事始めのとき、上司にどんな指導してもらいたかなって思うんです。

私ならこう言ってほしいです。

「最初はみんなそんなもんだから大丈夫だよ」
「大丈夫大丈夫、明日にはもっと上手にできるようになるから頑張ろう!」
「分からないことがあれば遠慮なく聞いたらいいから」

ガッツポーズをする女性

こう言われると私は、「なんて優しい…。早く会社の力になれるように頑張ろう!」と思います。単純ですよね^^;

きっと私はこの上司を、「私の味方」だと感じることができると思うし、頑張ろう!って思えると思います。

反対に、「あぁもう!違うよ!」「だから新人は困るんだよね!」「まったく…来て早々迷惑をかけないでくれ!!」なんていう風に言われたら…私なら一気に自信を失いますし、明日の出勤を思うと吐きそうです…;

怖い上司2

こんな上司は、明らかに私にとって「味方」とは思えません。間違いなく私の悩みの種になると思います。

でもこんなことが、案外家庭の中では日常的に繰り返されていませんか?

私も最初の頃は、生活の中で不満に思えるところばかりを見つけて指摘していたような気がします。。。でもそんなことをしていたら、夫が帰りたくなくなるのは自然なことですよね。

あなたは、夫にとって心強い味方でしょうか?それとも心を突き刺す敵?

きっと私は、夫にとって敵だった時代があると思います…^^;(反省)

子育てに関して言えば、夫は妻よりも遅れて参入するのが普通ですので、例えるならあなたは上司になりますよね。

しかもすでにあなたの中に「ルール」や「手順」が出来ているかもしれません。

新人の夫はそんなことは何も知らずに、自分なりに一生懸命やろうとしますが、やっぱり当然最初は上手くできません。

そんな時、それを優しく教えてサポートしてあげるのか、ため息をつきながら文句を言うのかでは明らかに違いがありますよね。

夫のやる気や協力を引き出すのも、夫のやる気を失わせるのも、妻次第ということになります。

子育てだけに限らず、いつもの会話はどうでしょう。

もしパートナーに対して日頃から淡々と意見するようなことがあれば、それは相手にとって「自分を否定される言葉」になっている可能性があるかもしれないです。

「そういうところがダメ」
「視点が違うよ」
「なんで分からないかなぁ」
「そうじゃないんだよね」

私も言ってしまっていたかもですね…;

でも、私なら、こんなこと毎日毎日言われたら、絶対耐えられないと思いますm(__)m

だからきっと夫も…こんなことを日頃から言われてしまうと、妻のことを味方だとは感じれないですよね。

もしあなたがパートナーの仕事に対する姿勢に対して意見したり、言動や行動に対して意見したりしているとすれば…。たとえあなたにそんなつもりがなくても相手はあなたを「自分を否定する敵」だと感じてしまうかもしれません。

もしこの「否定」が日常生活の中で続けば、、、夫婦円満にはきっとなれない。。。

パートナーはあなたとの生活に…きっと幸せを感じれなくなってしまう…

パートナーはあなたを「味方」と感じれずに居場所を失ってしまう…

子育てにおいて夫婦は「仲間」であり「協力者」でいた方がいいでしょうし、夫婦関係においてパートナーは「良き理解者」であり「味方」であった方が気持ち良いだろうなって思います。

だから私たちは、どういう言葉をかけることが夫の「仲間」や「味方」になれるのかを考えることが大切だと思うのです。

お互いの違いを知ること

犬と猫5

あなたはパートナーに対して「なんで分かってくれないの!?」と思ったことはありませんか?

はい、私はよく思っていました。「なんで私の気持ちを分かってくれないの!」って^^;

誰でもこれまでに一度や二度は、相手の意見に対して「そんなのおかしいよ!」とか、「それは間違ってる!」とか、「絶対にこっちの方がいいのに…」という風に思ったことがあると思います。

でも、少しでもそう思っているうちは、やっぱりお互いを尊重し合うことってできないんですよね。やっぱりどこかで、自分の正しさを押し通そうとしてしまう。

ここで一人一人が知っておくべき、大切なある事実があるのです。

私たちは普段、ありのままの現実を見ていると思っていますが、実はそうではないんですね。

誰でも自分の中に、経験に基づいた基準や常識や価値観のレンズを持っていて、私たちはそのレンズを通して世の中を見ています。

そして、そのレンズは決して他人と同じってことはないんです。

だから、そのレンズ越しに見ている私たちの世界、「きっと相手はこう思っているはずだ」とか、「この場合はこう感じるだろう」とか、「これは正しくて、これは間違っているんだ」という考えは、ただの私たちの勝手な思い込みに過ぎない、ということなんです。

誰も同じレンズを持っていないので、あなたと全く同じように感じる人はいません。もちろん、とても似ている人はいると思います。でも、“自分と全く同じ人間はいない”んです。

「自分」と「相手」は違う。このことを、もっとよく理解することが円満な人間関係には欠かせないんですね。

私と夫は、違う人間なんだ。

育った環境も、経験も、性格も、気質も… そう、何もかも違うんだ。

私は、結婚生活をしていく上で、徐々にこの事実に気付いていきました。

一つの出来ごとに対してどう感じるのか、どう捉えるのか、何を正しいと思い、何を間違っていると思うのかということも、あなたとパートナーは違う。これを認めてからが本当のスタートだと思います。

もしかしたら多くの人は、この決定的な事実を知らずに苦しんでいるのかもしれません。

なんとなくみんな自分と同じレンズを持っていると感じてしまう。だから、「なんでそうなるの!?」「なんでこの気持ちを分かってくれないの!?」「そんなの常識じゃん!」ってなってしまう。

でも、自分の常識は、本当に相手の常識?

相手が「当たり前!」って思うことは全部私も、「うん、そうだね、当たり前だね!」って思えるのかなって。。

それなのに私たちは、自分の気持ちを理解してくれない夫に対して「私を分かってくれない冷たい人」という烙印を押してしまったりして。

でも、自分と相手はそもそも全く違う人間なんだっていうことを知ることで、ただ「分かってくれない冷たい人」で終わらせずに、新しい関係ができるんだと思うんです。

違いを受け入れ、違いを楽しむ

じゃあ、相手と自分が「違う」ということを知れたら次は、実際にどう違うかを知り、受け入れてみる!

「知る」ことと、「受け入れる」ことは実はぜんぜん違います。

そしてここが一番、難しいかもしれません。でもここが一番、楽しくもあると思います。

「受け入れる」って、どういうことか。

それは、“自分との違いを歓迎する”ってことなんです。

男女の握手2

これが出来れば、きっとどんな人間関係も上手くいくと思います。

だから、ここが結構ポイントかもしれませんね!

なんかね、身近な相手であればあるほど「自分と相手の違う」部分を感じた時に、素直に喜べないことってありません?なんとなく、孤独感というか…(笑)

「同じように感じてほしかった…」と思ってガッカリしたり、「なんでそんな風に思えるの!?」と腹が立ったり。

この気持ち分かってほしかったなぁって思ったり、自分の意見が間違ってないことを感じたかったり。

でも、私たちの気持ちや価値観に、「正しい」なんてものは、本来はないんですよね。

だから、その正しさを証明する必要なんてないんです。

なのに、なんで「私は間違ってない!私は正しい!」って思ってしまうんだろう?

振り返れば私たちは育つ過程で、親や学校や職場で、一定の「正しさ」みたいなものを教えられてきました。

でもそれは社会のルールや集団生活のマナー、勉強などに当てはまることはあっても、一人一人の個性や感性や価値観に、「正しさ」というものはないんですね。

例えるとしたら、、、例えば犬と猫。どっちが正解ですか?というようなものだと思います。

犬と猫7

そんなの、どちらが正しいとかいうことはないですよね。

もしくは○と△と□と☆と、どの形が正しいですか?なんていう質問に、答えることなんてできません。

ただ、それぞれの形がある、という事実を知るだけです。

それと同じで、私たち一人一人にも、それぞれの形があります。

あなたは、どんな形をしていますか?

あなたのパートナーは、どんな形をしているのでしょうか。

何が好きで、何が嫌いなのか。どんなことを大切にしていて、どんなことにイライラしてしまうのか。

そこに私たちの個性や形があって、それを知ろうとすることが、「理解する」ということです。

そして、違う形の相手を、自分の形の枠に通そうと思うから、お互いに痛くなる。

「なんで私の枠に通らないの!」って思ってイライラするし、「押し付けはやめてくれ!」ってなってしまう。

夫婦喧嘩って、相手の形を理解しようともせずに、自分の形こそが正しいんだと思って、お互いが自分の形枠を相手に押し付けるから起こってしまう。

違う形の枠にぎゅぅぎゅぅと押し付けられるんだから、相手は痛いに決まってますよね。

夫婦だからって、一緒に暮らしているからって、同じ形になる必要はないんです。

こんな言葉に出会いました。

「あなたの形は正しいのではなく、「素晴らしい」のです。それと同時に、相手の形は間違っているのではなく、「素晴らしい」のです」

この言葉を聞いて、わぁ…なんて素敵なんだろうと思いました。

そうですよね。自分も相手も、それぞれに違うけれど、だからこそ惹かれ合うもの。

足りない足りない、じゃなくて、こんな良いところがある。

自分と違う相手の形を「素晴らしい」って思えるようになることは、夫婦関係だけじゃなくって、子どもとの関係もそうだし、職場の人や友達との間にも、とっても大切なことですよね^^

これからは、出会う人の素敵な部分を見つけられる人になりたいと思います。

どんなサンドイッチをつくろうか

野菜と子ども

余談ですが、私は人生を食べ物に例えるのがなんとなく好きで…(笑)

これは私が妄想した、サンドイッチの話です*^^*

一つのハムが言いました。「サンドイッチと言えば絶対ハムでしょ、ハムサンドが一番美味しいにきまってる。」

するとチーズやトマトや卵が怒りました。「いやいや、ハムなんて大したことはない。自分こそがサンドイッチの王道だ。」

するとトンカツが言いました。「いやいや、どれもパンチが少ないよ、やっぱりカツサンドでないと。」

そこにレタスがやってきた。「みんなのところに僕を挟んでくれたらもっと美味しくなるよ」

すると全員こう言いました。「私たちにそんな必要はない、君は黙っていろ。」

みんなはそれぞれパンに挟まってもなお、「自分こそが一番美味しいサンドイッチだ」と口論を続けています。

何度かそのサンドイッチを買おうとしてくれた人間がいましたが、サンドイッチたちは自分が一番であることに夢中で、その人間の存在に気付きませんでした。

しばらくしてそのサンドイッチをみた人間がこう言いました。

「なんだこのサンドイッチは。とても食べれたもんじゃない」

その頃、ハムサンドのハムは新鮮さを失い変色していました。チーズはかぴかぴに乾燥し、トマトはパンをびっしょり濡らし、卵からは悪臭が漂い、カツの衣はくたくたでした。

レタスは他のサンドイッチに挟まれ、新鮮なうちに買ってもらえました。

そう、ハムは、他の具材を批判する前にやるべきことがありました。それは、ハムの美味しさを追求することでした。もっとサンドイッチに合うハムはないか、もっと美味しく食べてもらう方法はないかと研究することでした。

チーズやトマトを熱心に否定したところで、決して自分のハムが美味しくなるわけではないこと、そして自分が目を向けるべきは、自分をより美味しいハムにすることであることに、もっと早くに気付くべきでした。

チーズも、トマトも、卵も、カツも、またしかりです。

その点、レタスは賢かった。自分の活かし方を知っていたし、それを提案する姿勢を持っていたので、自分をより活かしてくれる具材と出会い、結果良いサンドイッチになれました。

ハムやチーズやトマトたちに、もう少し違う視点があれば良かったのに。

なぜなら私は、ハムもチーズもレタスもトマトも一緒に挟まっているサンドイッチが大好きだからです(笑)そしてカツサンドも大好物です。どれも美味しい。

要は、みんな違って、みんな良い。そしてみんなが協力すれば、もっと良い。

以上、サンドイッチたちのお話でした。チャンチャン♪

これと似たことが私たちにもある気がするなぁと思って思いついた話でした、お粗末さまでした(*u u*)

実はこれを、サンドイッチ目線からではなく、人間目線からも作ってみました(笑)

パンに何を挟もうかな。

それは私の自由だよね。

ハムでもチーズでもカツでもいいよね。

具材に王道って言われるものがあったとしても、“正しい具材”なんてないんだから。

もし、挟む具材に「この具は正しい」っていうものがあるならそれは、私が「美味しい!これにして良かった^^」って満足して食べれることだよね。

例えばハムサンドを好んで食べる人が、チーズサンドを批判して何になるだろう。

目の前のチーズサンドを批判しても、自分が手にとったハムサンドの味が美味しく変化するわけじゃないのに。

そんなことしている間に、自分のハムが痛むだけだよね。

よその具材を批判する時間があるなら、さっさと手にとったハムサンドを食べて、自分の理想のハムサンドを探しに出た方がよほど良いよね。

食べる子供1

それに、ハム以外を否定するよりも、ハムを活かしてくれる具と仲良くなった方が絶対いいよね♪

だから私たちは、自分と違う人を批判しても何にもならないんだよね。

それなら、自分の在り方を高めた方がいいに決まってる。

相手を批判したところで、自分が今より幸せになれるわけじゃないんだから。

批判する代わりに相手の違いを上手に受け入れて、それを歓迎できたなら、きっと私たちは一人の時よりももっと素敵になれるよね。

違いを歓迎した方が人生は豊かになる!

だからね、つまりはあなたはあなたで素敵だし、パートナーもパートナーで素敵だってこと。

そう、それが言いたかったんです^^

これに気付けば、子育てのことだけに限らず、もう夫との違いにイライラして、それが原因で離婚する…なんていうことにはならないはずですから。

私もまだまだこれから!がんばります!

それぞれの良さを尊重し、お互いの良さをお互いに活かし合い、夫婦で相乗効果を高めていけるように過ごすことを一緒に目指しましょう!

 

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