6歳の子育てに疲れない秘訣

6歳の子の子育てに疲れたら。思い切って考え方を変えてみるのもひとつです!私が好きな子育ての専門家の方の、「ものにはすべて二面性がある」という考えや、「親と子が良い関係性を築く」ことの重要性から、6歳の子育てに疲れない秘訣をまとめてみました。

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6歳の子育てに疲れました。

6歳というと、小学校にあがる頃ですね。それは子どもにとっても大きな変化と大切な成長の時。

子供の成長にしたがって、親が「保護者から親になる」時期でもありますね。でも、まだまだ心配事は多いし、ついつい口うるさくなってしまう一方で…と親御さんたちが子供の成長に対してどう接していいのかと悩むことも。

6歳の子育てでお悩みのお母さんの声をYahoo知恵袋さんから拾わせて頂きました。

現在6歳の娘の性格にどうすればよいのかわかりません。

朝はぐずぐずいい、起きない。起きなければ学校に行けないよと話すと、ママが抱っこしないから起きれないといい。ご飯を早く食べないと間に合わないよ。といってものんきにテレビを見ている。

早くしないとお友達待ち合わせ場所で待ってるよといっても家を出るのは3分遅れ。
早く寝かすように電気を消してもママがいないからとか本読みたいからとか言い訳ばかり。
一度起こさなかったときがあるのですが、ギリギリまで寝ていました。お友達に遅い!!と
いわれたそうですが、それでも懲りていません。毎日、早く!早く!と何回いうか・・・。
こちらが疲れてしまいます。

ピアノの練習も全くせず、レッスン日前日にするのかと思えば言わないと全くしないのでこれではと思い、怒ってさせる。褒めたり、物でつったり、怒ったり、叩いたり・・・本当に疲れます。
練習をしないで行って先生に怒られれば少しは懲りるかと思い一度ほっておいたことがあるのですがそれでも懲りず、先生から練習させてください。とお手紙が・・・
今週も全くせずに遊んでばかりの毎日でしたので、今日はここまで出来るまでお昼ご飯はしないよ。といったのですが片手も適当に2,3回ひいてもう出来た!というのです。もちろん全く出来ていません。なのでこれではご飯はなしだね。といい練習を続行させたのですが、3時間かけて普通の30分位のレベルです。今回は本当に出来るまで食べれないと厳しくしたのですが、お腹がすきすぎて出来ないと泣きわめいています。ママは私が死んだ方が良いと思っているんでしょ。と言っていました。
それでもいい機会と思いお昼ご飯を抜きました。

何か指摘をされると言い訳しかいいません。
もちろん自分から謝りません。こんな事は・・・と色々話して、何かいうことはないの?と聞くとごめんなさい。と。お友達のやり取りでも、謝りません。
本当に困り果ててしまします。
そして何事もすることが遅く、人の指示を待ってからしか動きません。
次何したらいいの?と聞くので、自分で考えて動くようにいうと、わからない~とボーっしています。
それでも見ない振りをしていると1時間でもいつまでもボーっとしています。
結局宿題は?明日の準備は?といって初めて動きます。

お友達と遊びに行くと門限通りには帰ってきません。
鍵を閉めて家には入れないのですが、絶対にもうしません。と泣きながらいうので入れますがまた同じことの繰り返しです。時には1時間以上入れない時もあります。それでも全く懲りません。

かなり厳しくしていると思うのですが、全く効き目がなくいい加減な性格が直りません。
どのように育てていけば良いのかわからなくなってしまいます。

 

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好転させる

6歳の子育てにも色々苦労があるようですね。子育ては赤ちゃんの頃だけでなく、幼児になっても、少年少女になっても色々と悩みはつきものだと思います。

「子育てに疲れる」の中には、体力的に疲れるものと、精神的に疲れるものがありますよね。

上記のご相談にもあるように、「褒めたり、物でつったり、怒ったり、叩いたり・・・本当に疲れます。」というのは、精神的な疲れの方だと思います。

赤ちゃんの時とは違って、子どもが自分の意志で何でも出来るようになってくれば、心配事が増え、精神的な疲れの方が多くなると思います。

なので、「心の疲れ」について少し掘り下げていきたいと思います。

まず、「心が疲れている」ということは、「心が休まらない」状態にあるということだと思います。

ハート1

なぜ、心を休めることができないんでしょう。

それは、心理学や子育て専門家の言葉を借りると、「完璧でないことを恐れているから」だと言われています。

子供の至らない部分、自分の親としての至らない部分に、「完璧じゃないけど、それでも大丈夫」という許可が出せないのだそうです。

つまり、現状が完璧でないと、不安になってしまうんです。

だけど不安な状態でいるのは辛いので、安心感がほしくて、「こうであらねばならない」「こうするべきだ」というルールを自分の中に作り、そのルール通りにすることで、なんとか心の安定を守ろうとします。

ルールを守りさえすれば、とりあえずは完璧に近い状態だと思えて安心できるから、ルールを守らせることを重視してしまうんですね。

なので、安心していられるのはそのルールが守られているときだけとなってしまって、少しでもルールが破られてしまうと「ダメ!」となってしまう。

安心するためのルールが、逆に自分を苦しめてしまっているんですね。

そして、自分のルールを守ってくれない子供に対しても、「怒り」が出てきてしまいます。

この「怒り」の裏には、やはり「不安」が隠されているんですね。

このルールを破ったら、自分にも子供にも「良くない結果」が待っているんじゃないかと不安を抱いてしまう。その不安を解消したくて、口うるさくルールを守らせようとしたり、それでもルールを守らない子供にイライラしたり、困ってしまって「心が疲れて」しまう。

口うるさく言うのはもちろん、親の愛情から来るものだと思います。「かわいい子供を立派に育ててやりたい」「きちんと躾をして、良い子に育てたい」「自分もいい親でありたい」という、ごく当たり前の気持ちのあらわれですよね。

だけど、もしかしたらその気持ちが、自分と子供を苦しめてしまってるかもしれません。

せっかく、子どものため、家族のためと思って頑張っているのに、思うような結果が得られていなかったら…疲れてしまいますよね。

そんな時、今まで持っていた「こうであらねばならない」という概念を少し変えてみて、もしかしたらもっと家族みんなにとって幸せな形があるんじゃないかな?って考える、いいチャンスなのかもしれません。

そう、いつだって、今はチャンスなんです。

ものごとには全て、二面性があります。良い面と、悪い面が必ずあるものです。

それなら、今のこの状況にだって、必ず良い面があるんですね。

「6歳の子育てに疲れた」これは悪いことでしょうか?それとも、人生を好転させるような素晴らしいことに気付くチャンスでしょうか?

まちがいなく、絶対に、これはチャンスだと思います。

今ここで立ち止まって、今までになかった色んな選択肢や、ものの見方を知ることで、未来はどんな風に変わるでしょうか。

これからの自分の心に一番合った「良い面の見方」ができれば、今までよりずっとハッピーに過ごせるかもしれません。

そう、これはチャンスなんです。

人生はいつだって「より良くなれる」チャンスの連続です^^

そのことを知っていれば、もう不安を恐れる必要もないし、ルールに縛られることもありません。

悩みでさえ、楽しんでしまえばいいんです。

じゃあ、どうやって今の状況を好転させていけばいいのでしょうか。

それをまとめていきたいと思います。

見るべきは今?将来?

Best grade

私たちは、いつもどこかで、「今が完璧であること」を求めてしまいがちですよね。

だけど、完璧とは何だろうと思います。

人材開発コンサルタントをされている菅原裕子の著書、「子供の心のコーチング」の中には、こう書かれています。

「私たち親は、とかく「今」に焦点をあてがちです。今、子どもは親の思うとおりにふるまっているか。今、子供のまわりで親の望むとおりのことが起きているか。今、親の望む子でいるか。

「今」に焦点をあて、そのとおりになっていないと口を出し、手を出します。そうすることで親は、今の安心と秩序を手に入れるのです。

しかし、その一時の安心と秩序に焦点をあてすぎると、子どもの一生から、自主性とそこから生まれる喜びの芽を摘みとってしまうことになります。

子育てをするとき、私たち親が目指すべきは子どもの未来です。今の子どもがどうであるか以上に、子どもが成長した姿を目指して子育てしなければなりません。」

たしかに…と思わされる言葉ですね。

子育てだけに限らず、私たちはつい「今」の結果ばかりに心が囚われてしまいますよね。

その先に何があるのかまではあまり考えず、「今」うまくいっているか、「今」結果はでているか。

失敗の先に成功があると、頭では分かっていても、目の前の失敗が許せなかったり…ついつい目先ばかりに焦点をあててしまうことってありませんか?

だけどその気持ち、私はとてもよく分かります。

だって、「今」がうまくいっていないと、「今」が辛いし、この先これが解決されていくのかなんて分からないですもんね。

だから、不安になる。不安になるから、安心したくて、「今」この現状を変えようと必死になってしまうんですよね。

これを解決するには、将来を見据えてどーんと構えながらも、ちゃんと「今」の安心感も手にいれることができればいいんじゃないでしょうか。

それには、自分の心は、「自分で」安定させることが必要なんです。

どういうことか?

私たちは常に安心感がほしいものだと思います。不安な状態のまま過ごすのは、とても辛いですから。そして、その安心感を「自分の外」に求めてしまうんですね。

たとえば、子どもが言うことを聞く物分かりの良い子で、成績も優秀だったら。夫が優しくて出世も順調だったら。それだったら私は安心できるという場合は、安心の基準が常に「自分以外の出来事」に左右されてしまうんですね。

この場合、子どもがもし言うことを聞かない子で、勉強嫌いな子だったら、不安になります。不安だから、なんとか言うことを聞かせようとしたり、勉強をやりなさいと口うるさく言って、安心感を得ようとします。

夫の優しさが足りなかったり、お給料が低いままだと、「もっと優しくしてよ!」「もっとお仕事がんばってね」という風に、夫に自分の安心感をつくってもらおうとします。

これだと、たまたま「外の状況」が良い時は大丈夫だけど、そうじゃない時はとても不安になり、自分を守ろうとして攻撃的になってしまったり、不安に脅えて心が疲れてしまうんですね。

だけど、自分の安心感をつくってくれるのが自分だったらどうでしょうか?

この場合、「外の出来事」に自分の安心感が振り回されることがなくなるので、良い意味で「客観的」に物事を見られるようになると思います。

子どもや夫のことを「客観的」に見ると言うと、少し冷たいイメージがあるかもしれませんが、「愛をもって」自分とは切り離してその状況を見てみる、という感じです。

たとえば、上記のご相談にあるように、「朝はぐずぐずいい、起きない。起きなければ学校に行けないよと話すと、ママが抱っこしないから起きれないという。」

ここに自分の安心感を得ようとしてしまうと、「朝はぐずぐずいい、起きない=私の子育てはうまくいっていない」「ママが抱っこしないから起きれない=朝からこの子のわがままに振り回されている私は辛い」となってしまいます。この子はこのままで大丈夫なんだろうか。何でこんな子に育ってしまったんだろうか。と、不安になったり、嫌になってしまったり。

だけど、もし自分自身の安心感の規準が「子どもの状態」ではなく「自分の内」にあれば、子どもの現象を、少し客観的に見れるようになります。

たとえばこの場合なら、子どもはまだ小学生になったばかりで、環境の変化に戸惑っている時期ですね。環境の変化による戸惑いや不安を、言葉にしていなくても心のどこかで感じているのかもしれません。こういった環境や心境の変化を感じると、経験が少なくデリケートな子どもは不安を感じやすいんですね。そしてそういった不安感を、まだうまく自分で処理することができません。

要は、まだまだ親の心理的サポートが必要なんですね。子どもが甘えてきたときは、「私は大丈夫」という安心感が欲しいというひとつのサインかもしれません。子どもが心の安心感を求めているときにその思いを満たしてあげることで、子どもの愛情欲求タンクを早い段階で満タンにしてしまったらいいと思います。発達心理学でもこれはとても重要な部分です。幼少時代の満たされない欲求は大人になっても続いてしまうと言われているので、子どもが甘えてくる時代にしっかり満たしてしまいましょう。6歳の子どもが甘えることは、ものすごく自然で健康なことです。

もし、その結果学校に行く時間が遅くなったら、そこから娘さんは学校というものを学ぶでしょう。経験は学びです。愛をもってその成長過程を応援してあげたらいいと思います。もし、自分で起きれた時は、一人で起きられたことを思いっきり喜んで抱っこしてあげたら、娘さんはどう変わるのか、観察してみてください。

ピアノなどの習い事は、本人がやりたくないのなら、無理にやらせる理由は何なのか?子どもも一緒に、家族で話合ってみてもいいかと思います。

もし、子どものためにも続けた方がいいと思うのであれば、練習をしなかった時は、その先にある当然の結果を子どもに味わわせてあげたらいいと思います。それは、罰という意味ではなくて、大切な経験のひとつとして。

もし子どもが傷ついてしまったら、その時こそ、子どもが自分の力で立ち直れるように、愛をもって応援してあげたらいいと思います。子どもが成長するにつれて、親のサポートは手取り足とりから、「あなたなら大丈夫よ」と自信を与えてあげることに変わっていきます。それが親子の絆にもなり、親への信頼感にもなるはずです。子ども自身の失敗は、子ども自身の力で解決させてあげましょう。その経験が、大人になって必ず役に立ちます。

テレビは、単純に消せばいいと思います^^どうやら子どもは大人と違って、ついつい集中してテレビをみてしまうものなんだそうです。それだけ集中力があるということは、良いことでもあります。急いでいる時にその集中力を発揮してしまわれると困るというだけの話なので、テレビは消してしまいましょう。それでも準備が遅いときは、準備の中に競争ごっこなどの遊びを取り入れると、楽しく準備ができそうですね。

門限を守れないとき、子どもに悪気はないと思うんですね。おそらく、お友達と遊ぶと、ついつい…なんでしょうね。裏を返せば、時間を忘れてしまうほど、楽しく遊べていたということ。それは喜ばしいことだけど、それで門限を守ってもらえないのでは困りますし、親としても帰りが遅いと心配ですよね。しかしこんな時、ただ口うるさく言ったり、家から閉め出すといった罰を与えてもなかなか効きません。

子ども自身の意志で門限を守ってもらえるようにしてもらわないと、無理やり門限を守らせるか、破られて罰を与えるかのどちらかになってしまいます。

こんな時は、子どもに「なぜ門限を守ってほしいのか」をしっかりと理解してもらいましょう。

「門限を過ぎてもあなたが帰ってこないと、あなたの身に何かあったんじゃないかとお母さんとても心配で、とても不安なのよ。だから、待っている時間がとても辛かったよ。だけど帰ってきてくれてとっても安心したよ。あなたを失うんじゃないかっていう、こんな思いはもうしたくないんだよ。」

もちろん、内容や表現の仕方は人によって違うと思いますが、門限を守ってほしいのはなぜなのか?そこには、必ず愛があると思うんですね。その愛を伝えて、子どもに理解してもらうことの方が、効果はあると思います。

親がうるさいからではなく、子ども自身の考えで門限を守れるようになってくれれば、その主体性は今後の子ども自身の身を守ってくれるはずです。世の中には危険がいっぱいですからね。親の監視外でも、正しい判断ができる子になってほしいです。

そしてなにより、6歳というと小学生になったばかり。小学生になったからしっかりして当たり前!じゃなくて、少しずつ少しずつ、時間をかけて幼稚園児から小学生になってくんだと思います。

勉強

その大切なプロセスを、親が前に立って手を引っ張ってしまうと、子ども自身の力が育たずに年齢だけが大きくなってしまいます。

今には今の、大切なプロセスがあるんですね。だから、親は子どものスピードに合わせてゆっくりと応援してあげてみてください。

 

「ある」ものを見る

6歳になった我が子。心配することはたくさんあるけれど、どんな子どもにも、必ず優れたところがあります。なぜなら、あらゆるものは、全て二面性を合わせもっているからです。

長所の裏には、必ず短所があります。短所の裏にも、必ず長所があります。

それなのに、多くの方が短所の方ばかりを見つけて、責めて、それを直そうとしてしまうんですね。

だけど、短所をなくすということは、同時にその裏にある長所をなくしてしまうことにもなります。

それならば、短所の裏に隠れている長所を見つけてやり、その長所をうまく伸ばしてやることの方がよほど良い結果になるんではないでしょうか。

短所は誰にでもあるものです。短所のない人間なんて、私は見たことがありません。それも含めて、その人の「良さ」でいいのではないでしょうか。

私にも沢山の短所があります。だけど、同時に沢山の長所もあるのです。あなたもそうなんじゃありませんか?

それが個性というものじゃないでしょうか。

人の短所を「良さ」として受け止めるには、短所の反対にある長所を見られる視野をもつことが必要になります。

そのためには、まずは自分の短所の裏にある長所を見つけて、長所を大切にしようとすること。

「ない」ではなく、「ある」方を見る。

どうせ、長所は絶対にあるのですから。だったら、長所を見た方が上手くいきます。

どうして「ある」方を見る必要があるのでしょうか?

別に、長所を見ること、「ある」方を見ることが正しいというわけではないんですね。

視野に、正しいも正しくないもありません。

ただ、「あなたにとって」どちらの視野をもつことが、「あなた自身を」幸せにしてくれるかを考えてみてください。

この先、10年、20年、30年と、あなたはどんな気分で、何を見ながら過ごしていきたいのかを。

良い面を見つけて、「ある」ことを喜び、自分の視野によって自分を幸せにする人として生きていくのか。

悪い面を見つけて、「ない」ことを嘆き、自分の視野によって自分を惨めにする人として生きていくのか。

自分の心の安定は、自分でとっていくしかないんです。

それなら、どちらの面を見つけて、どんな気分を味わうことで、あなたは心の安定を得られるでしょうか。

「子育てに疲れた」これはダメなことでしょうか?それとも、「がんばっている証」でしょうか?

もし、がんばっている証ならば、もう少し肩の力を抜いて、自分の気分が良くなる視野を広げてみてもいいですよね。

子育てに疲れることがダメなことだったら、疲れてしまった自分の頑張りを全て否定することになってしまいかねません。

どちらの見方をすることが、これからの「自分の力」になるでしょうか。

どちらの見方をすることが、これからの親子の関係性を深めていってくれるでしょうか。

これは、どちらが正しいとか、正しくないとかではなくて、「どう生きていきたいか」ということだと思います。

私たちは、正解がほしいんではなくて、家族の笑顔や幸せな時間がほしいはずです。

どういう視点をもてば、それを得られるのか。どういう捉え方をすることで、自分の力になるのか。

これを意識して過ごすだけでも、子どもから見えてくるものや、接し方、家庭の雰囲気がまったく違うものになってくると思います。

ぜひ、誰の為でもなく「あなたのために」、良い気分になれる視点をもって過ごしてみてください^^

 

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